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本家「月光遊戯」の日記となっています。 拍手や企画のお知らせ等もしていくつもりです。
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前回から言っているSSについて。
拍手で、百合じゃない小説(NL)の作品のキャラ同士も百合にできますか?
百合への愛を見せてください的なコメントがあったんですが。
それが、私の心に火をつけた。 ε=(。・`ω´・。)プンスコプンスコ!!   

ということで私のHPは二次創作はしないのでオリジナルのNLから女キャラを出して、百合小説に仕立てようと思います。
※SSで、適当に書いたものなのでクオリティは保障できません。
ということで今まで書いたものを書き出してみたw

・Alice
・朱雀哀歌
・パーフェクトナル推理
・Suicide
・北方の銀の魔女
・黒蝶のエクソシスト
・隈闇
・永夜
・酷手記
・闇惑
・禁籠
・腐食の手
・菖蒲と花攫い
・燓籠の鳥
・シュヴァリエ
・ネプティヌスの花嫁
・純愛ソワフ

+シナリオ

・鐘の音
・HEART
・名のない曲
・Empire Vamp

これくらい。
うち、百合作品(要素も含む)とシナリオを省きます。
残ったもの。

・Alice
・朱雀哀歌(百合要素があるから)
・パーフェクトナル推理
・Suicide(これも要素があるっていえばある)
・北方の銀の魔女
・黒蝶のエクソシスト
・隈闇
・永夜
・酷手記
・闇惑
・禁籠(百合作品)
・腐食の手
・菖蒲と花攫い(百合作品)
・燓籠の鳥(百合作品)
・シュヴァリエ(百合作品)
・ネプティヌスの花嫁
・純愛ソワフ(百合作品)

そして、選んでみた。

隈闇&腐食の手
どちらも美人設定でじゃっかん病んでいるので、二人の美人で百合の違い、キャラの違いを見て欲しいなと思いました。

ということで第1回目は腐食の手。

**************************

「申し訳ございません! お怪我はございませんか?」
 澄んだ声が聞こえて、見えたのは、ひょろりとした自分の足。
 色気もへったくれもない足だ。
 こんなんだから、ふられたのだろう。
 顔を上げて、ぎょっとした。
 ファミレスの制服から僅かに、紫色と黒の下着が覗いていた。
(びっくりした。清楚そうな顔で――こんな)
 どうかしましたか、と店員が果歩を見る。
「いえ……」
 ドキドキしていた。顔を逸らした。
 まだ学生らしい、幼くて、でも静かな美しさがあった。
 すうっと白い首に小さな顔、長く艶やかな黒髪、人形みたいに整った顔。
「あのお会計を……」
「はい、すぐに! レジまでご案内いたします」
 伝票を取る彼女の顔が近づいた。
 オレンジのような、甘酸っぱい香りが胸元から香った。
 すっと彼女が自分のポケットから、何かを抜き取り、果歩の胸ポケットに入れた。
「サービス券です。よくいらっしゃるから、お詫びにどうぞ」
 顔を近づけ、吐息とともに囁かれる声は透明で、そのくせぞっとするほどの色気があった。ぐいっと心臓が掴まれた気がして、果歩は下を向く。
 紙のカサリという音がした。
 胸のざわめきがそうさせた気がして、果歩は自分の胸元を手繰り寄せた。
「あの」
 名前を聞こうとして、ふと彼女の胸元にネームプレートがあることに気づいた。
 樫木という文字に、慌てて顔を見る。
 見てから後悔をした。その少女は静寂の美しさがあった。このまま何一つ、穢れを知らぬような――それでいて黙って人を惑わすような、高潔な美しさがある。
 樫木といえばこの辺りでは有名なお屋敷だ。
 確か今高校二年生の子が一人、幼い頃にあの老夫婦へ引き取られたという。
 その子は、左手にいつも手袋をしている。らしい。ここのファミレスは手袋というよりもアームカバーがあるから分からないが。
「どうかされました?」
「……いえ」
 言いたいことを飲み込んで、起き上がった。
「お会計」
「あ、はい。こちらへどうぞ」
 慌てて駆け出した彼女のあとをなぞるようにゆっくりと歩いていく。
 トクントクン、と心臓がなっていた。
 紙がカサリと音を立てた。

 それ以降、あれから何回ファミレスに通っても、彼女の姿は見なかった。
 ただ新聞に明らかに樫木家と思われる建物が映って、近所の人が『本当に良い子だった』と口々に言っていた。
 引き取られた少女A(未成年だから名前は伏せられていた)が、老夫婦を殺害したという。
 店員に聞くと樫木は家庭の事情で辞めましたと蒼い顔で告げられた。嘘だと分かった。
 机の上に新聞を投げ捨てて微笑んだ。
(あんな下着つけといて、何が良い子なんだか)
 窮屈だろうに。
 そう思ったら、なんだかじわりと目の前が滲んで、声を上げて泣いた。
 新聞の横にあるサービス券はまだ使っていない。
 きっとこれからも使うことはないと思う。
 それでも私はあのファミレスに通うだろう。出会うわけがないといいながら、どこかで期待して――そしていつか、また新しい相手を見つけて、また今日のように泣くに違いない。
 望むところだ、と立ち上がった。
 まずはシャワー。それから彼女よりも地味で、色気のない下着に替えて、いつも通りのスーツで会社に行って。
 帰りにあの、ファミレスに寄ろう。
 よしと気合をいれてサービス券を手に取り、それを壁にハンガーとともにかけてあるスーツの胸ポケットに入れた。
 今も甘く残る、彼女の香りにきゅうっと胸を締め付けられた。
 何も知らなかった。少女Aのことも、彼女のことも。それでも確かに恋をした。
 淡くて、短い恋をした。

**************************
腐食の手より綾音とゲストキャラ。
いきなり暗いww
でも次隈闇なのでもっと暗くなる。
基本的に綾音と隈闇の陽香は似ていますが、綾音の方がモテる。
陽香は魔性という感じで、モテるとかではないんですよね。
ぎらぎらと人を惹きつける力がある。
という設定。

隈闇の方はヒーローの幸一の幼馴染の麻里子という女の子を予定しています。
麻里子も私のキャラとしては珍しいかもしれない。
楽しみにしてくださると嬉しいですv


あととりあえず百合の中でのNLも比較対象としてのっけときます。
シュヴァリエから、フィデール(主人公&ヒロインエヴァの兄貴)とレティシエというロリ女の子のストーリー。
学校の授業の中で作成。
男子からはフィデール人気があがったけれど、私の中でやつの人気はいまだに最下位ぶっちぎりです(笑)
**************************
 牢屋に入った時、フィデールは一瞬だけ眉を顰めた。
 目の前の男はちらりとこちらを見ると、少しだけ唇の端を緩める。
「何だ、来たのか」
「……呼ばれたからな」
 ひひっと下司な笑い声が聞こえた。よれた縞の囚人服がやけに様になっている。卑しい人間にはよく合う物だ、と眉間に皺を寄せた。
 昔はこの笑い方が媚なくて好きだったが、今は苛立たせる一因にしかならない。
「騎士を辞めることになったそうじゃないか」
 からかう調子で言ったのだろう。普段なら笑って受け流すが、今回は違う。
苛立ちを隠さずにフィデールは返した。
「お前のせいで、な」
 重い沈黙が肩にのしかかってくる。
 男は長い前髪の下からじっとフィデールを見ていた。感情を探るような、粘っこい視線だった。
「エヴァちゃんが、騎士に選ばれたそうだな」
 ぴくりと眉尻が跳ねた。
「――ああ」
 静かに答えると、男はふっと鼻で笑う。
「あの子は優秀だ。俺が相手でも容赦なく王妃を護った」
 お前と違って、という男の言葉にフィデールは顔を背けた。
「話がそれだけなら俺は帰るぞ」
「待てよ、それだけなわけないだろ。とある娘に伝言を頼みたい」
「女?」
「そう、女だ。場所は」
 ランツウェール。
 その名前を聞いて、フィデールは迷うことなく背を向けた。
「おい、親友を見捨てるのか?」
 ギロリと横目で睨んで、フィデールは声を荒げる。
「先に見捨てたのはお前だろう。俺はもう行く」
「ちょっと待て、たかだか売春街じゃないか。そんなに行くのが嫌か」
「別に売春街は嫌じゃない。でもあそこは」
「そう、少し危険だ。だからお前に頼んでいる」
 男もフィデールも口を閉じた。
「つまり、俺に頼みがあるわけだ」
「そういうことだ。察しが良いな」
「お前のために、俺が動くと?」
 ばかばかしい、と吐き捨てると男がもう一度鼻で笑う。もっと気の良い男だと思っていたが、こんな笑い方をするのか。男は笑いながら、いつもの軽い口調で語りかけてきた。
「お前、親父さんに大層怒られたそうだな」
「お前には関係のないことだ」
 冷たく突き放しても、男は中々諦めてくれない。寧ろ、うっとうしく絡んできた。
「どうせ周りからも色々言われてるんだろ。正直、エヴァちゃんが羨ましいんじゃないか?」
「そんなことはない。あいつが良いなら、俺はそれで良いよ」
「そんなこと言って……悔しいくせに。ああ、それともあれか? エヴァちゃんは良い女だよな。最近ぐっと女気が増した。変な男が纏わりつかないように男装させたかったのか、お前は。いつまで経っても妹離れできない男だなあ」
 カッと頭に血が上った。
 男の胸倉を掴み上げる。殴らないと分かっていたのか、男は口元に笑みを浮かべたままだ。
「おいおい、冗談だよ。それとも、図星か? そうだよな、悔しいよなあ。ずっと可愛がってた妹は英雄扱いで、お前は邪魔者扱いだ」
「黙れ」
 首を絞めるように掴んだシャツを握る。男は苦しそうに息を吸い、言った。
「英雄に、戻りたくないか?」
 その言葉にはっと目を見開いた。
 手に込めていた力が抜ける。男は驚いて固まったままのフィデールに、ひそめくように告げる。
「行ってみろよ。フィデール。そして、レティシエという娘に会え。そうすれば、お前も分かるはずだ」
 何を、とは聞かなかった。
 男が続けて、低い声で言ったからだ。
「俺がしたことが、間違いじゃないってな」
 その声は、ふしぎとフィデールの耳に突き刺さった。

  *

 ランツウェールは黴の匂いがする。
湿った空気と、土黴の匂い。その二つが、妙に生ぬるい風と相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
路上は整備されていないむき出しの土。いくつも連なっている宿の間には、ぼろを着た子供たちが裸足のまま、フィデールを見ている。
 他にも宿の前に立っている女たちが、こちらを見て笑い合っていた。娼婦だろう。扇情的な胸の開いたドレス。
 黒や赤、黄。不吉な色とされる色のドレスを纏う彼女たちは、なぜか妖艶に見えた。
 しかし、こんな女・子供でも警戒を怠ってはいけない。
 少しでも油断をすれば掏られる。ここはそういう場所だ。
(けど、見て見ぬふりも疲れるな)
 急ごう、とフィデールは足を踏みだした。刹那、ドンッと背中に衝撃が走る。女性の、短い悲鳴が聞こえ振り返り、固まった。
 ミルクティ色の、緩やかなウェーブの髪。横分けにされた長い前髪からは白い額が覗いていた。
 くりっとした大きな目が、痛そうに細められる。青の混じったグレー、珍しい瞳の色だ。
 長い睫毛が、白肌に影を落としている。めったにお目にかかれない美しい容姿だ。しばらくの間、見惚れて固まっていた。
 少女は座り込んだまま、こちらを見ている。
 ようやく視線に気づいて、フィデールはすっと膝を折り、手を差し出した。
「あ……すまない。怪我は」
 少女は小さく頭を振った。手を受け取って、立ちあがる。
 開いた胸元から僅かな谷間がちらりと覗いて、目を逸らす。
 フィデールを困惑させていることに気付いたのか、彼女は一旦自分の胸元を見ると、にっこりと可憐な笑みを浮かべた。そして、すっとフィデールに近寄る。不意に、頬に柔らかな感触があたった。
 唇を離した少女は唖然として頬を押さえるフィデールを見ると小さく笑って、「ありがとう」と甘い声で囁いた。
 走り去る少女。その後ろ姿を見て息を呑んだ。
 黄色の縞のドレス。
 フリルが裾についていて、愛らしさに騙されそうになるが、明らかな娼婦の服装だ。
 そういえばやけに胸が開いていた。
(もっと早く気付くべきだ。何をやってるんだ、俺は)
 内ポケットに隠していたはずの財布を確かめた。――感触は、ない。
 小さく舌打ちをして少女を追いかけた。
 気づくまでに随分時間がかかったが、少女の足では高が知れている。
 しばらく走っていると、路地裏に入る少女が目に映った。ミルクティ色の長い髪が宙を舞う。
 フィデールはその髪に誘われるまま、路地裏に入った。
 だが、少女の姿はない。
 息を切らして左右に目を走らせる。パキン、と乾いた木の枝が折れる音。背後に人の気配を感じて、フィデールは立ち止った。
「ついてこなければ見逃してあげたのに」
 首筋に冷たい刃物の感触。
 耳元で、無邪気な笑い声がした。後ろから、温かな吐息が首筋にかかる。背の小さい少女は背伸びをしている。押せば簡単にすっ転びそうだが、刃物が首にあるというのは厄介だ。
 刃物は引けば切れる。下手に動かない方が賢明だ。
「あなた、とってもお金持ちなのね。どこかの貴族様?」
 口を開かないフィデールに、少女は刃物を見せつけるように動かした。
「聞いてるんじゃないわ、命令よ。答えて」
「そういう君に、俺も聞きたい。ジルという売春宿を知っているか?」
 少女の息が僅かに止まった。
「さあね。どうかしら? もうお遊びは終わりよ。三秒以内に答えて。じゃないと」
「じゃないと、殺すか? やれるものならやってみろ」
 虚を突かれたらしく、少女の顔から表情が失われた。きゅっと唇を噛んで、少女が刃物を押し当てる。
 念のため首を隠してきて良かった。服が切れた程度だ。
「本気よ」
 強がってはいるが、震えた声だった。本当は怖いのだろう。
「そうか。でも、そんなやり方じゃ人は殺せない」
 自ら少女の方へもたれかかった。驚いて少女が硬直している隙に、右手で、ナイフを持っている方の手首を掴んだ。そのまま左手で、彼女の肘を持ち上げ、ナイフから逃れる。
身を翻すと、彼女の体が前へと倒れた。地面にぶつかる直前に体を支えてやる。呆然としている少女の手からナイフが落ちた。
 少女を地面に下ろし、ナイフを拾い上げる。
 あ、と少女が声をあげた。
「さて。ジルについて知っているようだから教えてもらおうか。地図には載ってなくてな」
 ナイフをちらつかせると、少女はむすっとしたままそっぽを向いた。
「教えてあげない」
「何?」
「殺したければ殺せば良いわ。でも、あんたに教えるくらいなら死んだ方がマシよ」
「そんなに、教えたくない場所か?」
 ツンッと澄ましたまま、答えない。
 仕方ない、他をあたろう。
 ため息を零して背を向けると、少女の細いお腹からぐうっと音が鳴った。
 きょとんとして自分のお腹を見つめる少女。
 フィデールは痛む頭を押さえた。


 安い酒場はこれだから嫌だ。
 とある宿の一階にある酒場に足を踏み入れたが、どうにも煙草と女の香水の匂いが鼻につく。
 隅から聞こえる下卑た笑い声がやけに耳障りだ。
 加えて飲み物は、グルートビールのみ。
「ワインが置いてないなんて」
 肩を落としているフィデールの横で、グラスを小さな手で掴み、少女がこくこくと琥珀色の飲み物を口にしている。
 飲み終わった少女の口からはグルートビール独特の、ハーブの香りがした。
「私はこれ好きよ。初めて飲んだけど、おいしいもの」
「初めて?」
「ええ」
「客と飲んだことは?」
「私、まだ十一よ」
 えっと目を剥いたフィデールに、少女が微笑んだ。
「そんなに老けて見えた?」
「失礼。大人びているな、君は」
 気を紛らわそうと、ビールを口に含む。
「ということであと二年間は客をとれないの」
「へえ、下働きがあるだろうに。こんな所で油を売っている暇があるのか?」
「そうなの、本当は大変なんだけど。今は店から逃亡している最中だから平気よ」
 ぶっと思わずビールを吹いてしまった。
 くすくすと少女が笑う。
「あなた、面白いわね」
「それは初めて言われた」
「よければご飯をもっと頼んでも良い? どうせ最後だもの」
 寂しそうにそう呟く少女を、フィデールは静かに見つめた。上気している頬のせいだろうか。俯いている彼女がやけに物悲しげに見えた。
 空になったコップを膝に置き、泣きそうな目をしている少女に問う。
「……店に戻るのか?」
「ええ。だってお金を取るの失敗しちゃったし」
 さらりとそう言って、少女が薄ら微笑む。
「俺の財布は逃亡資金か。ナイフはどうした?」
「先輩の客の服を漁ってとってきたわ」
「それ、戻ったらまずいんじゃないか」
「そうね。でも、もう良いわ。あーあ、失敗。優男そうだから良いかなと思ったのに」
 素直な感想に苦笑していると、再び少女のお腹がなった。ダメ、とメニューを見てからこちらを見る少女にフィデールは諦めたように息を吐く。
「良いよ。好きな物を食べれば良い」
「本当? 嬉しい。じゃあ、チーズとパンと、あと何にしようかな」
「こんな宿には珍しく鹿肉のローストがあるな。食べるか?」
「おいしそう! じゃあ、それが欲しいわ」
 嬉しそうに足をばたつかせる少女は確かに少し子供に見える。
 ふと、少女もこちらを見た。
 見つめ合い、固まっていると少女が悪戯っぽく笑う。
「でも、お兄さんやけに優しいね。もしかして私に惚れちゃったとか?」
「フィデールだ」
 きっぱりと言うと、少女は真意を問うようにフィデールを見る。
「フィデール・ド・ベルティエ。それが、俺の名だ」
 小さな桃色のくちびるがもごもごと動いた。フィデール、と小さな声が聞こえてくる。言葉を確かめるように、ゆっくりとした声だった。
「ベルティエ家……驚いた。新興貴族かと思ったら、随分な家柄」
 少女が気まずそうに視線を逸らす。
「君の名が知りたい」
 少女の頬が僅かに赤みを増した。
 恐らく、酒のせいではないだろう。緊張のためか、上ずった声で少女が言う。
「私とはもう二度と会うことはないんだから、教える必要はないんじゃないかしら」
「ごまかすな」
 ぴしゃりと言いきると、少女が弾かれたように顔を上げる。
 頬の赤はすっかり身を潜めていた。
「君は何者だ。君のような育ちの娘は、総じて文字が読めない。でも、君はメニューを読め、貴族生まれの俺でも分かるほど訛りのない言葉を使える。加えて、ベルティエ家をなぜ知っている?」
「それは……」
 言葉に詰まった少女を、追いつめるようにフィデールは言葉を続けた。
「ごまかさないで教えて欲しい。俺は、ジルを探しているが、そこがどういう場所かも大体見当はついている。その上でここに来た」
 嘘、と少女の瞳が大きく開かれる。
「どうして。だってベルティエ家は確か」
「騎士は取り消された、妹が騎士になったが――俺はもう関係のないことだ」
「そう。じゃああなたが、ユーグの言ってた協力してくれるかもしれない親友……」
 友人の名が出たことには差して驚かなかった。
 “女”ではなく“娘”に会えと言われたこと。生い立ちとは不釣り合いな知識。薄々分かっていた。
「君が、レティシエか」
 フィデールの問いかけに、少女は小さく、優美に笑った。
 どきっとするほど、艶やかな笑みだった。


 宿の二階にとった部屋の中で、ようやくレティシエは重い口を開いた。
 ベッドの上に腰を下ろした彼女は、小さな声で訊ねてきた。
「あなたは、国王陛下に会ったことがある?」
 少しの間の後、フィデールは首肯した。
「一度だけなら」
「私もあるのよ。私の父はね、名を言えば分かるかしら。ロイック・ド・カアンというの」
「カアン――カアン伯爵の」
 レティシエは小さく顎を引いた。
「そう。私は一人娘よ」
 カアン伯爵は自分の領地の貧民に援助を行っている、穏やかな人物だった。
しかし、三年ほど前。綿工場が台風で大打撃を受けて不況になったらしい。
 そんな時、丁度国王が他国への借金返済のため、貴族に税を求めたが、カイン伯爵は寄付をしたばかりで金がなく、それを拒んだのだ。
 そして、国王はそれを許さなかった。彼の母親がプロテスタントだったこともあり、国王は元々彼を良くは思っていなかったらしい。
 結局、反逆者として首を刎ねられた。
 その後。女では爵位を告げず、彼の家は爵位を返上し、邸を明け渡したと聞いていた。
「まさか。でも、たとえそうだとしてもっと別の働き場所が――」
「財産は全て売られた。母親は父が死んだ時に自殺したわ。こんな小娘一人でどこへ行けというの? 王と出会う可能性のある所は駄目よ。知り合いを頼れないの」
 悔しさのためだろう拳を握りしめて、彼女は細い体を震わせていた。
「私は、国王を許さない……!」
 綺麗な、透き通るような声。
 だが、憎しみのせいで力んだその声は喘ぎにも似て、やけに苦しそうに聞こえた。
 彼女は怒りを吐き出すように、フィデールに告げる。
「だから決めたの、父の家系のユーグに手紙を出して、プロテスタント側の貴族を集めてもらっていた。ジルと言うのは、売春宿のことではないわ。ZIL。父の死んだ七月一二日をアルファベットに見立てているの。私を含む、貴族のプロテスタントの集まりのことよ」
 お願い、とレティシアが立ちあがり、縋るようにフィデールの胸元に飛び込んだ。
 柔らかな肌が、フィデールに押しつけられる。
「王妃アニックは熱心なファブルク教なんでしょ? このままではこの国は――私たちは殺される!」
 がたがたと震える体。
 その小さな背中に腕を回し、ぎゅっと力を込めた。息がかかるほど傍にいるのに、なぜか遠く感じた。
 もどかしい、距離。
 この壁を、壊したかった。
「俺には何ができる?」
 そのフィデールの言葉に、レティシエの嗚咽が止まった。
「君の、力になりたいんだ」
 突然の申し出に戸惑いながら、彼女はフィデールに抱かれたままで呟く。
「戦争には、お金が必要よ。ずっとユーグに頼ってきたけど、今捕まってるから」
 あいつの代わりか。フィデールは短く息を吐いた。
 それから、未だに震えの止まらぬ涙目の彼女を見る。彼の代わりと言うのが不本意だが、致し方ない。
「分かった。金は何とかしよう」
「本当に……?」
 呆然と呟く彼女に、無言のまま肯定する。
 涙で濡れた眦を吊り上げて、彼女が「馬鹿じゃないの」と怒鳴り声を上げた。
「あなた、私に利用されて捨てられるとかちょっとは考えないの?」
 その言葉はじんわりとフィデールの胸に染み入った。
 これも騙されているのかもしれないが、自分を気遣うその言葉がたまらなく嬉しかった。こうして誰かに叱ってもらうのは、何年ぶりだろうか。
「もう捨てられたんだ」
 レティシエが息を呑んだ。
 驚いた顔を見て、苦く笑う。
「父親と、周りと――妹に。だから、俺にはもう失うものなんて何もないんだ」
 全てを投げ出して努力して得た“騎士”は王妃の一言で奪われた。
 父親は「期待しない」と言い、周りは馬鹿にし、妹には、エヴァには「ありがとう」と言われた。
 応援をしてきたつもりだ。
 跡取りを大事にする父のせいで、エヴァはずっと辛い想いをさせてきた。だから、「頑張れ」とも言った。
 でも、それを本心だとは思わないだろう。
 エヴァは分かっていたはずだ。それなのに、王妃の傍にいれて嬉しいだなんて、言えば傷つくことを分かっていたはずだ。
 兄妹にもタブーはある。
 言ってはいけない一言というものは、確かにあったはずだ。そしてそれが、その一言だった。踏み越えたなら、もう戻れない。
「だから、良いよ。君が捨てたいと思うなら、いつでも捨てると良い」
 フィデールの言葉に、レティシエは顔を振った。
 涙でぐしゃぐしゃのその顔を隠そうともせずに、何度も必死に顔を振っている。
「捨てないわ」
 その言葉の後、もう一度彼女は言った。
 自分に誓うように、はっきりとした声だった。
「絶対に、捨てたりなんかしない。だって、だって本当なのよ。ここに来てから初めて、あなたが温かい食事をくれたの」
 レティシアは体を離して、涙で濡れたまま笑った。
「こうして抱きしめてくれたのも、初めて。人って、温かいのね」
 ふと彼女の息遣いを感じた。
 生きている――彼女の温もりを、存在を、確かめるように見つめた。彼女の真っ直ぐな瞳は、フィデールの仮面をぽろぽろと剥がしていく。
「とっても、温かいわ」
 少しだけ哀しげに笑う彼女を、愛しく思った。
「そうだな……俺も、久々に感じたかもしれない」
「何それ。あなたずっと人に囲まれてきたんでしょう?」
 肩を揺らして、レティシエは笑う。こんなに気持ち良く笑う女性も、珍しかった。
 少女だから許されることだ。淑女であれば、怒られても仕方ないのに。
「そうだな。でも――ずっと一人だった」
「なあに、それ。ばかみたい」
 一しきり笑い終わった後、ぴたりと笑いを止めたレティシエは柔らかに微笑んだ。
「そっくりね。私たち」
「ああ」
「ずっと、一人きりだった気がするのに。ふしぎね。こんなにも、温かい」
 レティシエは赤くなった目でフィデールを見た。
「わがままを言って良い?」
「いまさらだな。良いよ」
 フィデールの返事を聞いたレティシエの唇は、興奮かそれとも恐怖か、震えている。
 細い声が、胸を突いた。
「……もう、一人は嫌よ。だから、ずっと一緒にいて」
 胸奥から熱いものがこみあげてきて、フィデールは彼女を抱きしめた。
「ああ――約束する」
 暗い部屋の中でただ抱きしめ合っていた。
 息苦しくて寒い部屋で、彼女だけが確かな温もりだった。
 それはゆっくりとフィデールの冷えた心を解かし、満たした。

  *

 グルートビールの味にも、だいぶ慣れた。
 変わったことと言えば、名を呼ぶものがいることだ。
「フィデール。城門についてだが」
 白髪混じりの男に呼ばれ、フィデールは駆け寄った。
 城の知識、騎士団の配置――必要とするものを持っているためか、全員が頼ってくれるのがよく分かる。
 子爵というのを気にする者がいないのも気が楽だった。ベルティエ家、騎士を妹に奪われた男、そんな肩書が一切ない。
「にしても、大分人が増えたなあ」
「この間の弾圧で、隠れていたプロテスタントが危機感を抱いたらしいですよ」
「ああ……あれか」
 顔を顰める男には、王族に対する嫌悪が見て取れた。
「もっと、大きな場所が必要ですね」
「そうだな」
 頭が痛い、と言って椅子にもたれる男を見つめ、フィデールは考え込んだ。
 プロテスタント側ではない人間も、この間の弾圧で王に対する恐怖と嫌悪を覚えたらしい。
 今後、表立った行動はできないけれど援助をする人間は多くなるはずだ。
 もっと大きな場所が必要だ。
 そして、恐らくその場所を持っているのは自分だろう。
(父上が療養中の今なら、いけるか?)
 フィデールは少しの間沈黙し、口を開いた。

   *

「どういうことだ! 兄様……!」
 掴みかかったエヴァの手を払い、乱れた襟元を直した。
「ドニ(家令)から聞かなかったか?」
「聞いた。聞いたからここに来た。もしかしてとずっと思っていた。でも信じたくなかった。プロテスタントに協力していたのは、父様じゃなくて――」
「そう、俺だ」
 自分でも驚くほど、あっさりと言葉が零れた。
 傷ついたのか、それとも驚いただけか、エヴァが驚愕に顔をひきつらせる。
「どうした。それで、俺を問い詰めてどうする気だ? 王妃を護るその剣で俺を斬るか、それとも騎士団にでも……」
「止めてください!」
 ぽろりとエヴァの目から大粒の涙がこぼれた。
 子供の時以来の泣き顔。その表情に多少、胸は痛んだ。
 それでも、もう後には退けない。
「泣きたいのは、俺の方だった」
 エヴァの泣き声が、余計に苛立たせる。
 どうしてこうなっても、“大事な妹”にしか見えないんだろう。いっそのこと、心の底から憎めるなら良かったのに。
「お前は俺が本気で、騎士になることを応援してるとでも思ったのか?」
「それは」
「エヴァ。お前と俺はもう違うんだ。お前が剣をとった時から、俺たちは違っていた」
「でも、私は」
「俺には、お前より大切な人がいる。その人がどれだけ苦しんでいたかお前に分かるか?」
 明らかに、困惑していた。
 何かを言いたげに潤んだ瞳が、フィデールを縛りつける。
 兄様、と昔からついて周ってきたエヴァの姿が剥がれない。
 苛立ちと迷いを断ち切りたくて、フィデールは叫んだ。
「傲慢な王妃の犬には分からないだろう!」
 ざっくりと傷ついた顔。
 その後、彼女は怒りで顔を真っ赤に染めた。小さな手が振り上がり、軽くだがフィデールの頬を打つ。軽い衝撃だったが、剣で胸を貫かれた気分だった。
 ひりひりとした頬。軽く手で押さえて、フィデールは唇を噛んだ。
 自分で自分の行動に驚いているのか、エヴァはぼんやりとフィデールを眺めていた。
 そんなエヴァの肩を押して、道を開ける。ふらりと、彼女はよろめいた。
「早くこの家から出て行け。本来なら、騎士を選んだ時に家と戸籍は消したはずだ。もうここは――お前のいる所じゃないだろう」
 部屋を出ると、扉の向こうから泣き声がした。泣き声を背に、扉に寄りかかる。
 昔、エヴァはよく泣いていた。その時は兄様、と必ずフィデールを呼んでいた。
 でもきっと、二度と呼ばれることはない。
(これで良い)
 彼女のためにも、自分のためにも、ここで別れた方が良いのだ。
 道はすでに違えた。
 握るべき剣も、護るべき者も、帰る場所さえも違う。もう、一緒ではいられないだろう。
 兄様という声がした。
 それを振り払うように、フィデールは歩き出した。

   *

 レティシエは「良いの?」と呟いた。
「何が?」
「妹さん」
「良くはないよ。できれば助けたい」
「憎かったんでしょ?」
「憎いけど、あいつは妹だよ。大切な妹だ。それはきっと、未来永劫変わらない」
 ふーん、と興味なさそうにレティシエは呟く。
「でもな、レティシエ。それは初めから分かってたんだ。それでも」
 そうね、と彼女が微笑む。
「あなたはこの道を選んだわ。計画はあなたなしでは成功しないでしょう。――明日、もし計画が成功すればあなたは英雄になれる」
「どうでも良いよ」
「英雄になりたかったんじゃないの?」
「そう思っていた。でも本当は……こうして名前を呼んでくれる相手が欲しかったんだ」
「じゃあ、あなたは今幸せ?」
 問われて、上手く笑えるように祈った。
「――ああ」
 嘘ね、とレティシエは言いあてて、フィデールの唇にそっと人差し指をあてる。
「辛い時は辛いって言って良いの。でも、あなたは素直じゃないから、黙って座っているだけで良いわ。私はその隣で、あなたの手を握っていてあげる」
 一緒よ、と手が重なった。
 ふいに目頭が熱くなり、歯を食いしばって堪えた。
(もうすぐだ)
 今度の革命が成功したら、多少余裕ができる。そうしたら彼女をこの町から出してあげることもできるだろう。
 共に生きたいと思う人がいる。
 そのためになら、剣を振えるはずだ。
(例えその相手が、エヴァ。お前であっても)
 ビールを煽るように飲んだ。
 もう慣れたビールからは、強いハーブの匂いがした。
 強い――眩暈がした。

   *

 城の前で、怒りに滾る国民を背にし、フィデールは立っていた。
 久しぶりに握る剣の柄は、汗で湿っている。
 鍬を持つ者、大挟みを握る者、様々だ。
(もう、退けない)
 エヴァを斬る。
 覚悟をして踏み込もうとしたフィデールを、横にいた男が引き留めた。フィデールと同じく騎士の経験がある、この集団のリーダー格だ。
 任せておけと笑い、彼は民を振り返る。
「皆、よく聞け! ここから先は俺たちだけで行く」
 民がざわめいた。
「どうして、王妃を八つ裂きにしなきゃ気がすまない」
「娘が殺されたんだ……! あの王妃を」
 ざわめきを抑えようと、男が声を張った。
「分かっている。だからこそだ。ここに来たくても、途中で怪我をして、見に来れない人間もいるだろう。とりあえず、今日はひっとらえるだけだ。後日皆の前で処刑する」
 ええっと国民が言う。
 ほら、とフィデールは背中を叩かれた。
(そういうことか)
 どうやらレティシエの口添えがあったらしい。
 フィデールは胸を張って言った。
「信じて欲しい。皆の前に、必ず王妃を突きだす。だから今日は、ここで俺たちを待っていてくれ」
 国民達が顔を見合わせる。
「まあ……ベルティエ子爵がそう言うなら」
 その声を皮切りに、声が広がった。
「そうだね。この武器や、連日の食事だって、子爵がいたからだ」
「信じるさ、俺は信じて待ってる!」
 どすん、と男が腰を下ろした。それが合図となったのか、一斉に国民達が武器を下ろし始める。
「――ありがとう」
 フィデールはそっと頭を下げた。
 顔を上げると、肩に手が置かれる。
「行こう」
 その声に頷いて、歩き出す。
 付いてくるのは元王宮派の人間だ。やはり、とフィデールは前を見据える。
 これなら、エヴァを斬らずとも済むかもしれない。
 僅かな期待を胸に、フィデールは修道院へ足を踏み入れた。


 対面したエヴァは剣に手を添え、こちらを睨んでいる。
 泣き虫な妹。
 こんな凛々しい表情は、初めて見た気がする。
(いや、本当は騎士になった時からしていたのかもしれないな)
 ずっと向きあっていなかった。だから気付かなかったのかもしれない。
 騎士として剣を取り、こんな表情でずっと王妃に寄り添ってきたのだろう。その瞳には、彼女を護るための炎が静かに揺らめいていた。
「駄目よ、エヴァ。戦っては……」
「この者たちは首謀者です。国民である前に罪人です」
 後ろに控えている王妃に言うと、エヴァはこちらを振り返った。
 真摯な瞳が、フィデールの瞳を射抜く。
 フィデールはそっと、剣の鍔から親指を外し、構えていた腕を解く。
「……すまなかった」
 その一言に、エヴァは口を開けたまま固まる。続けて、フィデールは前を見据えて言った。
「この間の邸でのことは、俺が悪かった。だから、一緒に帰ろう。お前の居場所なら、ちゃんとあの家にある」
 エヴァ、と名を呼ぶと、彼女は悔しそうに歯噛みをした。シャッと鋭い音がした。
 彼女の鞘から、鋼色に光る刀身が見えた。
 走りこんでくる彼女を見て、慌てて鞘のままで防いだ。ギリギリと、押し合う音がする。鈍い痛みが手首を痺れさせた。
「何のことか、分からない」
 低い声だった。
 力で押し返すと、彼女はすぐに間合いを取った。
 きらり、と向けられた剣が煌めく。
「貴殿は何か勘違いをしている。私の名はエヴァ。王妃、アニック様の騎士であり、帰る場所などない」
 彼女の目じりが吊り上がった。
「そんな場所……要らない!」
 再び、彼女がこちらに向かってくる。
 小さく舌打ちをして、フィデールは剣を抜いた。
 鍔と鍔がぶつかりあう。
「良いだろう。なら、分からせる」
 横に剣を払い、踏み込んだ。
 彼女はすっと身を退いて避け、懐に入り込んでくる。喉元を突かれそうになったのをギリギリで回避した。
 背中が見えてとったと思ったが、彼女はすぐに重心を落として足を払おうした。後ろに飛んで避ける。
 睨み合う――一瞬。
 荒い息遣いが、部屋に響いた。
「エヴァ、お前は知らない」
 苦しい呼吸を堪えて、彼女に言う。彼女は何も言わず、ただ剣を構えていた。
「俺がどんな気持ちでここに立っているか。俺の剣がどうして震えているのか」
「貴殿と話すことは何もない。私はエヴァ。一生をアニック様に捧げ、彼女のためだけに剣を握る。騎士だ!」
 突進してくる彼女を横に出て避け、そのまま後ろにいたアニックに視線を送った。
 はっとして、エヴァが振り返る。
 目が合ったアニックの表情は、恐怖で歪んでいた。
 後ずさり、壁にぶつかるアニックへと駆けだし、剣を突きだそうとする。後ろから駆けてくる音がして、振り返った。
 ぎくりとエヴァが立ち止ろうとするが、遅い。
 フィデールはそのまま彼女の剣を鍔で絡め取った。
 カランという音が広がり、剣が床に転がる。
 彼女の喉元に、剣先を突きつける。しばらく放心としていたが、数秒経ってから、ようやく状況に気付いたらしい。彼女の鋭い視線が、フィデールを突き刺す。
「勝負あったな」
「……結局、生まれて一度も勝てなかった」
「大丈夫だ。殺しはしない。お前は俺と一緒に帰る。次に勝負した時は分からないさ」
 彼女は顔を左右に振り、自ら首元にフィデールの剣の刃を押し付けようとした。
「アニック様を護れないくらいなら、ここで死ぬ」
 あまりにも傲慢なその言葉に、フィデールは怒りに戦慄いた。
「どうしてそう強情なんだ!」
 その問いかけに、エヴァは答えようと口を開く。喘ぐように息を吸って、落ち着いた声で言った。
「あなたは知らないんだ。あの、息苦しい家から私を掬いあげてくれた彼女の、優しさを。笑い顔を。私は知っている。だからこそ護りたい。初めて生きたいと思った。この方のために、生きたいと」
 思わず目を瞠った。
 浮かんだのは、レティシエの姿だった。彼女の笑顔が、脳裏に浮かんで消えた。
「でも、あなたには同じくらい大切な人がいるはずだ。以前邸に招かれた時にお聞きした。だから、最後のわがままを聞いて欲しい」
 彼女は泣いていた。
「命なんて、要らないから。だから、兄様(・・)。アニック様を助けて。処刑のために王妃が必要なら、私がなる」
 ここで、兄として呼ぶのか。
 やはり甘えたがりの末っ子だ。どうすれば兄である自分が言うことを聞いてくれるか、よく心得ている。
 フィデールは痛む頭を押さえ、苛立ったように彼女の名を呼んだ。
「エヴァ、バカなことを言うな」
「彼女は知らないんだ。空の青さも、海の深さも、家族の愛情も――私は知っているから、十分だから」
 そんなことを言っているのではない。
 フィデールは我慢ならずに叫んだ。
「俺の気持ちも考えてくれ!」
「分かってる。だけれど、こういう生き方しかできない。あなたが、大切な者のために私を斬る覚悟だったように。私も、アニック様のために生きたい。騎士として死にたい。それが、私だから」
 涙を拭い、フィデールを見つめるその瞳は力強い輝きが宿っていた。
 別の道を歩んできたんだなとその瞳を見て、哀しくなった。
 同じ邸で育ち、共に支え合ってきたつもりだった。ケンカもしたけど、仲直りだって同じだけしたはずだ。
 それが続くと――妹のままだと思っていたのに。
 彼女は、知らない間に“騎士”として生きていた。
「……お前は、いつもそうだな」
 ふと、彼女の瞳が見開かれた。
「俺の知らない間に、どこかに行く。いつも泣いていて、俺が迎えにいくのを待っていた。でも、いつの間にか、一人でも立ちあがって、自分で隣にいる人間を選び、歩いて行くようになってたんだな」
 彼女の人生は、もう彼女のものだ。
 自分が守っていかねばならない。弱い妹はどこにもいない。ここにいるのは確かに、王妃の騎士だ。
「好きにすれば良い」
 その一言を告げた途端、待っていた王党派たちがざわめいた。
「王妃を連れて帰る! それが約束だったはずだ」
「王妃でさえなければ、女に政治の権利はない。生かしておいても、問題は何もないはずだ。必要なのは、国民の怒りを宥め、新しい政治体制に必要な名声と地位。それだけだ」
 違うか、と言うと皆は黙り込んだ。
 自分でも驚くほど、冷ややかな声だった。
 エヴァはいまだに震えているアニックに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「アニック様、大丈夫です。命に代えても、お守り致します」
「嫌……あなた、何を言っているの? 王妃は私よ。処刑されるべきは、私だわ!」
「いいえ。あなたは――生きるんです」
「いや、いや、いや! 死なないで、一人にしないで」
 エヴァの胸で取り乱しながら、アニックが訴えた。エヴァは優しく、暴れる彼女を腕に抱いたまま柔らかな声で言う。
「生きます。あなたが死ねば、私も死ぬ。けれど、あなたが生きれば私の魂は生きる」
 躊躇のないその言葉に、アニックが絶望に打ちひしがれた。
 フィデールはぐっと拳を握った。
「私を、殺さないで。あなたの騎士として、生かしてください。傍にいさせてください」
 いやあ、とアニックが騒いだ。
 泣きじゃくるアニックを抱きながら、愛おしそうに髪を撫でるエヴァ。その顔は凛としていて、流す涙はどきりとするほどに透明だった。
 幸福そうな、満たされた顔。
 悔しいが、今まで見たどの彼女よりも幸せそうだった。
 泣き崩れるアニックを引き剥がし、エヴァが王妃の服を着込んだ。外に連れ出す時、彼女が小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
 邸にいた時。どちらかがそう言えばもう片方も呟く。それが、いつもの仲直りの仕方だった。
「……ごめん」
 泣きそうな声が出てしまった。
 彼女は歯を見せて笑い、外に出た。その顔はぎょっとするほど、数年前式典で見た王妃の表情によく似ていた。
 王妃の傍でずっと見守っていた、彼女の四年間の姿がそこにはあった。

   *

 処刑の日、殺せと野次が飛び交う中フィデールは黙ったまま立っていた。隣にいるレティシエは彼女が妹だと知らない。
 でも、なんとなくフィデールの様子に気付いたのだろう。気まずそうに笑って、声をかけてくれた。
「複雑よね。元王党派の人たちは、王妃は噂よりもずっと優しいと言っていたのに。あなたは、あったことがあるんでしょう?」
「ああ」
 処刑台を上に立つ彼女の後姿を見つめ、答えた。
「わがままな王妃だったよ」
 そう、とレティシエはそっと瞳を閉じた。
「なら……仕方ないわね」
 貸せ、俺がやると言う声がした。
 目を開けてみると、ギロチンに使う紐を国民の一人が握っている。
 それ、という声と共にギロチンが下ろされた。ぐっと飛び出しそうになる衝動を堪え、瞳を瞑っていた。
「あれ? 何だ」
 どよめく声に目を開ける。
 そこには首に僅かにギロチンが刺さったが、苦しそうに唇を噛みしめて耐えるエヴァがいた。
「飛ばねえなあ」
「もう一度だ、もう一度!」
「それじゃ同じだろ? このまま押せば首が千切れるんじゃないか?」
 国民がギロチンに詰め寄る。
見ていられない、声を荒げようとしたが、それよりも早く瞳の端に、フードをかぶりながら涙目で震えている少女が見えた。
「どうしたの? フィデール?」
 レティシエの声を無視して、駆けだす。彼女の唇が大きく開かれる。まずい、と足を速めた。
 息を切らして、彼女に辿り着く。
 アニックの口を手で塞いだ。蒼い瞳から、涙がこぼれおちた。
「とれたぞー! 王妃の首だ!」
 国民の歓声が広がって、フィデールは怒りに震えていた。
 自然に手にも力が入ってしまったが、アニックは痛みに顔を顰めただけで何も言わなかった。それよりも、フィデールの泣き顔に驚いていたようだ。
「すまない、泣くつもりじゃ……」
「――ごめんなさい」
 フィデールの謝罪を遮るように、アニックは泣き崩れた。
「私が、いなければ良かったの。エヴァを、欲しいだなんて思わなければ良かったのに」
 何度も謝り、声を上げて泣く少女は、少しだけ幼い頃のエヴァと重なった。
 確かに、アニックさえいなければエヴァは生きていた。こうして、兄妹として違えることもなかった。
 それでも。
 エヴァが自分で選び、彼女を愛しく思い、全力で生きた。その上での痛みなら、受け入れねばならない。
 それがエヴァという人間で、大切な妹なのだから。
 フィデールは、彼女の口から手を離し、背を向けた。
 向きあうにはもう少し時間がいるけれど、少しずつ、分かち合いたい。
「しばらく、邸にいると良い。君は……エヴァだ。俺はそう接するつもりだ」
「でも、私は」
「あの邸は一人では広すぎる。もう良いだろう。君も俺も、強く生きるのに少し疲れた。しばらく邸でゆっくりして、一緒に朝食でも食べよう」
 きっと、癒えるさ。
 自分に言い聞かすように言って、涙目で空を仰いだ。
 鮮烈な青色は目に痛くて、余計に胸が苦しくなったけれど、この痛みと共に生きていくしかないだろう。
 大切な人を護るために、かけがえのない者を失った。国を変えるために、たくさんの命が消えて行った。
 自分にできることは、彼女が護った王妃を護り、大切な人を大事にするだけだ。そして、彼女が命を捧げたこの国を、少しでも良い方向に導くことくらいだ。
 そのためにすることはたくさんある。
 フィデールは涙を拭い、前を見た。
 歩き出す足は重いが、それでも――力強く生きていく。


**************************
以上!
色々直したいけど、まあ昔の作品ですからね。
いつかリメイクしたいです。

そして、時間に余裕があったら百合キャラによる百合なSSも書きたいです。
一応本命は禁籠の千代子と和子。
ちょっと長くなっちゃうかもですが、次回の隈闇と同時にアップ予定。
楽しみにしていただけると嬉しいです♪

そして下でも言っていた。
購入予定(青、余裕があれば 赤資料として(いつか買いたい)
長いので続きにて。
 


購入予定
【一般漫画】
10 小学館 失恋ショコラティエ/水城せとな
17 集英社 Deep Clear/小花美穂
17 小学館 アラタ カンガタリ~革神語~9/渡瀬 悠宇
29 白泉社 眠れぬ騎士に花束を/弓きいろ
 
 
【百合漫画】
11 芳文社 つぼみ VOL.9/アンソロジー
11 芳文社 ひみつ。/大朋めがね
11 芳文社 共鳴するエコー/きぎたつみ
13 徳間書店 まんがの作り方4/平尾アウリ
18 一迅社 Wildrose Re:mix disc-A/アンソロジー
25 大洋図書 花のみぞ知る(仮)1/宝井 理人
25 新書館  ピュア百合アンソロジー ひらり、 Vol.3

【一般】
01 集英社コバルト文庫 狼と勾玉 今宵、三日月を弓にして/本宮ことは
01 PHP文庫 世界の「陰謀説」がよくわかる本(仮)/グループSKIT
03 河出文庫 江戸の城と川/塩見鮮一郎
03 徳間文庫 楽園まで/張間ミカ
03 文春文庫 断髪のモダンガール 42人の大正快女伝/森まゆみ
08 ちくま文庫 きもの草子/田中優子
上 ハヤカワ文庫JA ハーモニー/伊藤計劃
15 ハルキ文庫 ショコラティエの勲章/上田早夕里
16岩波現代文庫 王権と物語/兵藤裕己
20 一迅社文庫 千の魔剣と盾の乙女/川口士
20 一迅社文庫 もしも名門校の女子生徒会長がアブドゥル=アルハザードのネクロノミコンを読んだら(仮)/早矢塚かつや
20 知的生きかた文庫 日本の歴史がわかる本<室町・戦国~江戸時代>篇/小和田哲男
20 知的生きかた文庫 日本の歴史がわかる本<幕末・維新~現代>篇/小和田哲男
20 中公文庫 ピアニストは指先で考える/青柳いづみこ
20 中公文庫 いい音いい音楽/五味康祐
20 中公文庫 使ってみたい落語のことば/長井好弘
20 富士見ファンタジア文庫 棺姫のチャイカ(1)/榊一郎
24 新潮文庫 氷上の光と影 知られざるフィギュアスケート
24 新潮文庫 日蝕・一月物語/平野啓一郎
25 メディアワークス文庫 19-ナインティーン-/アンソロジー
25 海王社 ガッシュ文庫 酷いくらいに/高遠琉加
25 ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 史記/福島正
25 ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 蒙求/今鷹真
25ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 白楽天/下定雅弘
 下 光人社NF文庫 ロシアから見た日露戦争/岡田和裕

こんな感じ。
あと新書が10冊くらい。
明らかにお金足りない(笑)
……働け、自分。

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プロフィール
HN:
樋口里亜
年齢:
34
性別:
女性
誕生日:
1990/02/10
職業:
学生
趣味:
読書・執筆・ぐーたら
自己紹介:
将来は小説家を目指しています。ライトノベルも大好きですが、一般文学~歴史書まで幅広く対応できる作家になりたいです。

初めましての方も是非、お気軽に声をかけてください^^
お友達になってのお誘いも大歓迎ですv

実親から「豚」と呼ばれていますー。
容姿は察してください。
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